社員が個人でAIを使っていても、会社として使えているとは限りません。専任の担当者がいない企業が、最初の90日で決めておくことを整理します。
EXECUTIVE SUMMARYこの記事の要点
生成AIの導入は急速に進んだが、使われ方の中心は個人の業務利用である。IPAの調査では、生成AIを導入・試験・検討している企業のうち、個人での業務利用は63.3%、部署の業務プロセスへの組み込みは11.9%にとどまる。個人の利用から会社の活用へ進むには、入力してよい情報、出力を確認する人、最初の対象業務と測る指標の3つを決めることが出発点になる、とJYUは考える。専任の担当者がいない企業でも、最初の90日でこの3つは決められる。
- 個人での業務利用は広がっているが、部署の業務プロセスへの組み込みは1割強にとどまる
- 決めることは3つ。入力してよい情報、出力を確認する人、最初の対象業務と指標
- 90日の目的は全社展開ではなく、1つの業務を測って、続ける・変える・止めるを決めること
対象読者
- AI活用の推進を任された、情報システム・DX推進・経営企画の担当者
- 専任のAI担当者がいない企業の経営者
- 個人利用のルールづくりや効果測定に悩む管理職
想定する相談テーマ
- 社員が個人でChatGPTを使っているが、会社としてどう進めればよいか分からない
- AIの担当を任されたが、専任の担当者がいない
- 個人利用のルールと、入力してよい情報の決め方
- AIの効果をどう測ればよいか分からない
- 最初にどの業務で試せばよいか
使っている社員はいるのに、会社としては進まない
「社員が個人でChatGPTを使っていることは知っている。ただ、会社として何を、どう進めればよいか分からない」。AIの推進を任されたものの、業務とAIの両方が分かる人が社内にいない。この記事は、そうした状況を想定しています。
生成AIの導入そのものは、急速に進んでいます。IPA(情報処理推進機構)の「DX動向2026」では、生成AIを「導入している」と答えた日本企業は、2024年度の22.6%から2025年度の44.0%に増えました。ただし、導入が進むことと、業務で使いこなせることは別の話です。
この記事では、専任の担当者がいない企業が、個人利用から業務利用へ進むために、最初の90日で何を決めればよいかを整理します。
論点1: 広がっているのは個人の利用で、部署の業務プロセスへの組み込みは1割強
IPAは、生成AIを「導入している」「試験利用している」「利用に向けて検討している」と答えた企業に、組織での使われ方を尋ねています。2025年度調査の結果は次のとおりです。
- 個人で業務利用している: 63.3%
- 個人や部署で試験利用している: 44.8%
- 全社的なサービスに組み込まれている: 18.6%
- 部署の業務プロセスに組み込まれている: 11.9%
この割合は、日本企業全体ではなく、導入・試験・検討中の企業の中での割合です。各項目は別々の回答率で、合計は100%を超えます。IPAは、いずれの項目も2024年度の傾向と大きな変化はなく、個人利用・試験利用が中心だとしています。また、この数値は調査全体の値で、従業員30〜300名の企業に絞ったものではありません。
論点2: 個人利用と業務利用では、決めることが違う
個人の利用であれば、何を入力するか、出力が正しいか、役に立ったかは、本人の判断で済みます。会社として使うには、これらを誰が、どの基準で決めるのかが問われます。
調査で上位に挙がる課題も、この種のものです。IPAの調査では、AI導入・運用上の課題として「専門人材が不足している」が50.1%、「生成AIの効果やリスクに関する理解が不足している」が45.8%、「適切な利用を管理するためのルールや基準の作成が難しい」が39.7%でした。帝国データバンクの2026年3月調査(有効回答1万312社)では、生成AIの懸念・課題(3つまでの複数回答)として、「情報の正確性」50.4%、「専門人材・ノウハウ不足」41.3%、「生成AIを活用すべき業務の範囲」40.0%、「情報漏洩のリスク」33.5%、「トラブル時の責任所在などのルール整備」25.5%が挙がりました。
二つの調査は対象も設問も異なり、数値は比較できません。ただ、挙がっている課題は、人材、ルールと責任、出力の正確性、対象業務の範囲と、似た種類に集まっています。JYUは、これを「個人では本人が決めていたことが、組織では誰も決めていない」状態として読みます。決める必要があるのは、次の5点です。
| 決めること | 個人の利用 | 組織としての業務利用 |
|---|---|---|
| 入力してよい情報 | 本人が、その場で判断する | 会社が情報の区分と、入力してよい範囲を決める |
| 出力の確認 | 本人が読んで、使うかを決める | 誰が、どの手順で確認するかを決める |
| 責任の所在 | 本人 | 業務の責任者が持つ。問題が起きたときの連絡先も決める |
| 効果の見方 | 使ってみた実感 | 使う前の基準値と、同じ項目で比べる |
| 対象の範囲 | 本人の仕事のうち、使えそうなもの | 限定した業務・少人数から始め、広げるかを判断する |
JYUの整理です。公的な標準ではありません。
論点3: 効果は感じていても、測れていない
IPAの調査では、AI導入による効果の内容は「業務が効率化したり迅速化した」が91.6%と最も高く、「顧客満足度が向上した」は4.5%、「売上や利益が向上した」は3.9%にとどまります。効果があったと答えた企業が母集団で、対象はAI(生成AIを含む)です。効果の中心は、業務の効率化という社内向けの領域です。
測定については、JUASの「企業IT動向調査2025」に数字があります(東証上場企業とそれに準じる企業981社、2024年9〜10月の速報)。言語系生成AIの効果測定について、最も多かった回答は「効果測定を行っていない」の59.8%で、次いで「削減できた労働時間の測定」が32.8%でした。上場企業が中心の調査で、中小企業の数値ではありません。
JYUは、最初の90日に見る指標は、売上ではなく次の4つが現実的だと考えます。効果が出ている領域(業務の効率化)に合わせ、使う前に基準値を取れるものを選ぶという考え方です。
- 所要時間: 対象業務にかかる時間。使い始める前に測っておく
- 品質: 確認と修正にかかる手間、誤りの件数
- 利用: 対象者のうち、実際に使っている人数と頻度
- 事故: 入力してはいけない情報の入力、確認なしの社外提出などの件数
論点4: 対象業務は「効果」と「間違えたときの影響」で選ぶ
利用が先に広がっているのは、出力を人が確認しやすい、文書まわりの業務です。IPAの調査では、AIの用途は「文書・音声の要約・翻訳・校正」82.5%、「文書・レポートの作成(社内・社外)」80.5%、「情報検索・収集・分析・レポーティング」77.0%が上位で(導入・試験・検討中の企業が母集団)、IPAは個人の業務の効率化用途が中心としています。帝国データバンクの調査でも、生成AIを活用している企業(3,560社)の活用業務は「文章の作成・要約・校正」45.1%が最多でした。
一方、IPAの手引書(2026年7月31日)は、AIシステムの対象業務や扱う情報に基づいて、固有リスク(影響度の大きさ)を評価する考え方を示しています。JYUは、最初の対象業務を、効果の見込みと、間違えたときの影響の2軸で選ぶことを勧めます。間違えたときの影響が大きい業務は、効果が大きくても、確認の仕組みが先に必要です。
- 会議メモの要約: 間違えたときの影響 12 / 効果の見込み 84
- 調べものの整理: 間違えたときの影響 26 / 効果の見込み 70
- 社内向け文書の下書き: 間違えたときの影響 20 / 効果の見込み 55
- 顧客への回答文の下書き: 間違えたときの影響 72 / 効果の見込み 64
- 契約書・見積書の確認: 間違えたときの影響 90 / 効果の見込み 82
- 採用・評価の判断: 間違えたときの影響 92 / 効果の見込み 22
配置はJYUの目安です。業務の実態に合わせて動かしてください。
提言: 最初の90日で決める3つのこと
専任の担当者がいなくても、決めることはできます。IPAは、AIの利活用はIT部門主導が多く、最高AI責任者(CAIO)や専任体制の整備は限定的だとしています。専任がいない状態は、特別なことではないと読めます。
決めるのは、次の3つです。
- 入力してよい情報の区分。 何を入れてはいけないかを決めます。サービスの種類や設定によって、入力した情報の扱いは異なるため、使うサービスごとに確認します。
- 出力を確認する人と手順。 AIが作った下書きを、誰がどう確認してから使うかを決めます。
- 最初の対象業務と、測る指標。 1つの業務に絞り、使う前の基準値を取ります。
進め方の流れを、次のように整理します。期間の区切りは公的な標準ではなく、JYUの整理です。
- 個人利用の実態を聞き取る(〜30日)人が判断
誰が、何に、どの情報を入力して使っているかを把握する。責める場ではなく、使い方を集める場にする。
- 責任者・入力ルール・対象業務を決める(〜30日)人が判断
兼任でよいので責任者を1人置く。入力してよい情報の区分と、最初の対象業務を1つ決める。
- 使う前の基準値を取る(〜30日)人が判断
対象業務の所要時間と、確認・修正の手間を、AIを使う前に測っておく。
- 限定して試す(31〜60日)協働
1業務・少人数で使う。AIが下書きを作り、決めた人が確認してから使う。
- 測って、続ける・変える・止めるを決める(61〜90日)人が判断
基準値と比べ、事故の有無も見て判断する。広げる場合は、対象とルールを更新する。
期間は目安です。判断の基準は、試す前に決めておきます。
個人利用を一律に禁止すると、使われなくなるのではなく、見えなくなる恐れがあります。まずは実態を聞き取り、使い方を集めるところから始めることを勧めます。「続ける・変える・止める」の判断基準を試す前に決めておくのは、基準が後から決まると、結果に合わせた判断になりやすいためです。
おわりに
専任の担当者がいないことは、AI活用を始めない理由にはなりません。専門人材の不足は、IPAの調査では最大の課題として挙がっています。ただ、人材が揃うのを待たなくても、入力してよい情報、出力を確認する人、最初の対象業務と指標は決められます。決めたうえで1つの業務を測れば、次に何が足りないのかも見えてきます。
出典と前提
数値は2026年11月3日に、各調査の公表資料で確認しました。調査ごとに対象・設問・定義が異なるため、数値同士は直接比較していません。
- IPA「DX動向2026」(2026年7月30日公表): 本文PDF。IPAが2026年に実施した「企業等におけるDX推進状況等調査分析」(2025年度調査)。日本標準産業分類の19業種の企業の経営層またはICT関連事業部門が対象で、有効回答は1,799社、調査期間は2026年4月中旬から6月中旬。生成AIの導入率は図表3-5、利用形態は図表3-6、用途・効果・課題・体制は図表3-9・3-14・3-16と本文を参照。
- 帝国データバンク「生成AIに関する企業の動向調査(2026年3月)」(2026年5月14日公表): 調査ページ。調査期間は2026年3月17〜31日、有効回答は1万312社。
- JUAS「企業IT動向調査2025」プレスリリース第2弾(速報、2025年2月18日公表): ニュースページ。東証上場企業とそれに準じる企業が対象で、有効回答は981社、調査期間は2024年9月6日〜10月28日。公表ページには各割合の母数が明記されていない。
- IPA「生成AIおよびAIエージェントを安全に活用するための手引書」(2026年7月31日更新): 公開ページ。第5章で、対象業務や扱う情報に基づく固有リスクの評価を扱う。
「決める3つのこと」「90日の流れ」「4つの指標」「業務の選び方の2軸」は、JYUの整理であり、公的な標準ではありません。
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